踏切に 過去を見上げて 夕涼み

風の心地よさを感じる夕方、
下駄を鳴らしてひとり帰途につく。
けたたましい音を立てる開かずの踏切で、
仕方ないかと、空を見上げた。

そのとき、降りてきた。

しゃがみこむのは、やっとの思いで耐えた。
けれども、胸を押さえるのはやめられなかった。
荒く息を繰り返して、涙が出てこないことを祈った。

あの夕方、完全な幸せはこれだと感じた。
あなたに抱かれながら午睡した、
起き際のその瞬間。
吹く風の心地よさも、薄目を開けてみた茜の空も、
あなたの緩い呼吸も、
そして、一生忘れないと思ったことも、
鮮明に覚えている。

どうしたらいいのだろう。
きっともう二度と手に入ることはない。
これから先どんなに長く生きたとしても、
誰かに出会って恋を告げられたとしても、
あれほどの幸せを感じることは、
きっとないのだ。