遠つ国の 薄紅葉色 ひとりきり

二人でよく通ったアイリッシュパブ。
ずっと足が遠のいていたけれど、
その日の仕事帰り、
たまたま近くを通りかかった。
窓から覗いたら隅のハイチェアに人がいなくて、
しかもドアが開いていたものだから、
思わず。
本当に、予定外に。

何にしますか。
まさか二人分頼むわけにいかないもの。
その頃よく飲んだ甘めの地ビールを、ハーフパイント。
お酒はあまり強くないから、
ハーフでも飲みきれなくて、
またかよ、とかいいながら、
あなたはいつも残りを飲んでくれた。

寒さが忍び寄ってくるこんな日に、
寂しさが忍び寄ってくるように、
思い出っていうのは、体の中に沈んでいるのではなくて、
空気の中に浸み込んでいるのかもしれない。

ここのお店、
本当は、フィッシュアンドチップスも美味しいのだけれど、
本当は今、お腹が空いているはずなんだけど。

たまたま金曜日の夜だったから、
段々店内が混んできて、
ひとり客なんて、迷惑だよね。
最後の一口、目をつぶって苦さに耐えて飲み込んでから、
そっと席を立つ。
そうしたら、顔だけはよく知っているお店の人が気付いて、
ありがとうございました、
声を掛けてくれた。
そんなの、当たり前のことなんだけど、
その声が何故か妙に沈んで聞こえたから、
私はそちらの方を向けずに、うつろな会釈だけ返した。

外に出てみたら、さらに空気が冷たくなっていた。
私は開いていた重い木の扉をしめて、
それから、ごちそうさまでした、とやっといった。