倦みごとも 緑に染まる 夏開き

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ゴッホの最後期の絵に「鴉の群れ飛ぶ麦畑」というものがある。
黄色く実った麦の穂がたれる麦畑に、
向こうから何羽居るとも知れない鴉の群れが、
こちらに迫ってくるというものだ。
ゴッホは、さすがに頭のいい人で、
「迫ってくる」ということを表すために、
遠近法の焦点を絵の奥ではなく、
見る人の側に置いて、
逆三角形の構図を作った。
そのせいで鴉の群れは、黒い両翼しか描かれていないのに、
数秒後には襲われそうなほどに迫ってくるようにしか見えない。

描かれたのは、彼の終焉の地。
パリから1時間ほどのところにあるオーベール・シュル・オワーズという街だ。
その街そのものは、決して陰気なところではなくて、
その麦畑も、明るく、太陽がさんさんと差し込んでくるところである。
そこに立ってみれば、
彼はどうして、あるいは何に対して、恐ろしかったのか、私などには判別つかない。
むしろ穏やかで、長く深くほっと息をつきたくなる場所にしか見えないのだ。

何を見て何を思うか。
それは各々によって、これほど違うのか。
もし私に画才があったら、
もう少し違うものを描いただろうに、
ひとというものは、計り知れないものだと、
胸の一番奥にずしりと響くような彼のあの絵を思い出して、
そう思う。
そして、多数ある彼の絵の中でも「鴉の群れ飛ぶ麦畑」に惹かれる自分を、
自分自身のはずなのに分からないものに感じる。